「『ありがとう』が言える人になりたい|感謝の一言が人生を変える理由」

「ありがとうは魔法の言葉|夫婦だからこそ伝えたい感謝の気持ち」

「ありがとう」は人の心を温かくする

「ありがとう」と言われて嫌な気持ちになる人は、ほとんどいないでしょう。

たった五文字の言葉ですが、人の心を和ませ、笑顔にしてくれる不思議な力があります。

私は時々思います。

人生の最後の日には、お世話になった一人ひとりに「ありがとう」を伝えて旅立てたら、どんなに幸せだろうと。

 

 

夫婦だからこそ難しい「ありがとう」

 

不思議なことに、お客様や友人、仕事仲間、子どもたちには自然に「ありがとう」と言えるのに、

一番近くにいる夫には照れくさくて素直に言えないことがあります

長年一緒に暮らしていると、「やってくれて当たり前」と思ってしまうのかもしれません。

本当は一番伝えたい相手なのですが…。

 

 

「ありがとう」と「ごめんなさい」は違う

 

主人からはよく、

「君は一度も『ごめんなさい』と言わない。」

と言われます。

アルゼンチンで育った影響もあるのかもしれません。

私が育った環境では、自分の非を認めることにとても慎重な人が多く、簡単には謝りません。

だからといって感謝をしないわけではありません。

「ありがとう」と「ごめんなさい」は似ているようで違う言葉。

「ありがとう」は、相手への感謝を伝える温かい言葉です。

 

 

「ありがとう」は自分も幸せになる

 

感謝の言葉には不思議な力があります。

言われた人だけではなく、伝えた自分の心まで明るくしてくれます。

笑顔が増え、人間関係も穏やかになり、自分自身も前向きになれる。

まさに魔法の言葉だと思います。

 

 

綱渡りのような人生でも感謝してきた

 

私たち夫婦は、毎月決まったお給料がある生活ではありませんでした。

絵を描き、画廊喫茶を営み、その時々で仕事をいただきながら歩んできました。

昔、

「家計簿をつけなさい。」

と言われたことがあります。

その時私は、

「出費、出費、収入なし。家計簿を見たら驚くだけですよ。」

と笑って答えました。

今思えば、もっと真面目につけていたらお金持ちになっていたのでしょうか。

それでも、その時その時を支えてくださった方々への感謝は、今も変わりません。

 

 

当たり前に感謝する

 

朝、元気に目が覚めること。

健康で一日を過ごせること。

夜、安心して眠れること。

どれも当たり前ではありません。

日常の小さな幸せに「ありがとう」と言える人でありたいと思います。

 

 

 

文化の違いも面白い

 

私は日本人とアルゼンチン人、両方の文化を見ながら生きてきました。

日本では、言葉にしなくても察する文化があります。

一方、私は「Yes」なのか「No」なのか、はっきり言ってもらえる方が安心します。

お茶ですか?コーヒーですか?

「え〜っと…」

ではなく、「コーヒーです。」

と言っていただけると、とても助かります(笑)。

文化が違えば考え方も違います。

だからこそ、お互いを理解しようとする気持ちが大切なのだと思います。

 

 

ありがとうが言える人になりたい

 

まだまだ夫には照れくさくて、素直に言えないこともあります。

それでも、少しずつでも感謝を言葉にできる人になりたい。

いつも支えてくださる皆さま、本当にありがとうございます。

Thank you so much.

¡Muchísimas gracias!

これからも「ありがとう」を大切に生きていきたいと思います。

 

 

 

 

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。

    19歳で、えかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚し、今年、金婚式を迎えました。

    会社勤めの方のご家庭とは違い、金銭的にはいろいろあった人生です。

    しあわせだったか、しあわせでなかったかは、あの世へ行く瞬間にしか分からない――と、母が言っていました。

    人それぞれ価値観は違いますが、私は自分ではしあわせだったと思っています。

    喧嘩を一度もしたことのないご夫婦もいらっしゃるでしょうが、私たちは毎日のように、京都育ちのえかきとは意見が合わず、その違いから議論になることも多々あります。

    そんな絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス 拝

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