「日本ではあまり報道されないアルゼンチンのニュース|遠く離れても故郷を思う」

― 遠い故郷の出来事を、今はすぐに知ることができる ―

 

 

便利な世の中になりました。

興味があれば、インターネットですぐに調べることができる。

遠く離れた場所で起きている出来事も、瞬時に知ることができます。

それは、とてもありがたいこと。

でも、ときどき私は、

「便利になったことが、本当にすべて良いことなのかな?」

と思ってしまう、えかきのつまです。

 

 


アルゼンチンの友人から届いた動画

 

今回、アルゼンチンに住む友人から、一つの動画が送られてきました。

最初は何の動画なのか、よく分かりませんでした。

あまりにもアップで撮られていたので、

「ここはどこ?」

と思ったほどです。

よく見ると……

イグアスの滝でした。

私の故郷、ミシオネス州にあるイグアスの滝です。

2026年7月22日ごろから、イグアス川の大幅な増水が伝えられました。

7月末には、悪魔の喉笛へ続く遊歩道についても、安全を守るための対応が取られています。

遠く日本にいる私にも、その様子が動画で届いたのです。

 

 

 

 

 


世界最大級のスケールを持つイグアスの滝

 

イグアスの滝は、アルゼンチンとブラジルの国境に広がっています。

大小約275の滝が連なり、世界最大級の滝群として知られています。

普段でも圧倒されるほどの水量ですが、大雨が降ると、その姿はまったく違うものになります。

実際、過去にも大きな増水が何度もありました。

2014年には、毎秒4,630万リットルという記録的な水量を観測。

2023年にも毎秒2,420万リットルに達し、通常の16倍以上となりました。

このときは、観光客が歩く「悪魔の喉笛」への遊歩道が洪水にのみ込まれるほどでした。

自然の力は、本当にすごいものです。

 

 


遠くに住んでいると、温度差を感じる

 

日本に住んでいる私には、アルゼンチンのニュースがすぐには入ってきません。

そこで、身内の何人かに心配になって連絡をしました。

すると、

「え! そうなの?」

という返事。

思わず、

「知らないの?」

と、こちらが驚いてしまいます。

同じ国に住んでいても、情報が届く場所と届かない場所がある。

まして、私は日本に住んでいます。

アルゼンチンで起きていることを、日本にいながら知るというのは、やはりどこか不思議な感じがします。

 

 


昔は、手紙を待っていた

 

今は、スマートフォンを開けばすぐにニュースを見ることができます。

友人から動画も届きます。

昔のように、

「まだ手紙が来ない……」

と、何日も待つこともありません。

でも、そんな時代を知っている私には、ときどき昔が懐かしくなることがあります。

手紙が届くまでの時間。

封筒を開けるときのドキドキ。

遠くにいる人の近況を、一枚の紙から想像する時間。

今では、もうなかなか味わえないものですね。

 

 


情報が多すぎる時代に

 

もちろん、私は便利になったことを否定しているわけではありません。

むしろ、遠く離れた故郷の様子を知ることができるのは、とてもありがたいことです。

今回も、友人から送られてきた動画がなければ、私はイグアスの滝の様子を知るのがもっと遅かったかもしれません

ただ、SNSなどでは、正しい情報なのか分からないものもあります。

本当のニュースなのか。

誰かが作った情報なのか。

古い映像なのか。

一瞬では判断できないこともあります。

便利になったからこそ、

「情報を知ること」と「本当のことを知ること」は、同じではないのかもしれない。

そんなことを考えてしまう、えかきのつまです。

 

 


故郷のイグアスの滝

 

私はミシオネスで生まれ育ちました。

だから、イグアスの滝のニュースを聞くと、やはり他人事ではありません。

どんなに遠く日本に住んでいても、

「大丈夫かな?」

と心配になります。

そして、いつものように美しいイグアスの滝を見ることができる日が戻ってくることを、心から願っています。

故郷は遠くなっても、

故郷を思う気持ちは、遠くならない。

今回、友人から届いた一つの動画を見ながら、そんなことを思ったえかきのつまです。

 

 

こちらの写真たちは常のイグアスの滝、人生に一度機会が

あったらおすすめしたいえかきのつまの郷の自慢の場所です。

 

 

 

🔗 内部リンク

 

① 両親が1955年にアルゼンチンへ移住した理由

私がアルゼンチンを故郷として思うようになった背景には、1955年に鹿児島からアルゼンチンへ移住した両親の人生があります。

→ 「両親が1955年に鹿児島からアルゼンチンへ移住した理由|私の人生の原点」

 

 

② アルゼンチン放浪記

アルゼンチンを離れて長い年月が経ちましたが、私の中には今でも、あの土地で過ごした日々が残っています。

として、

→ 「えかきがアルゼンチンへ行った理由|私たちのアルゼンチン放浪記」

 

 

③ 「人間は死ぬ運命にある」

年を重ねると、昔のことを懐かしく思うことが増えてきました。

→ 「人間は死ぬ運命にある」

 

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。
    19歳でえかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚して来年には金婚式を迎えます。お勤めの方たちの妻とは違いまして金銭的には色々あった人生です。しあわせだったか、しあわせでなかったかはあの世へ行く瞬間にしか分からないと母親がいってました。
    価値観は個々違いますが、自分ではしあわせだと思っております。
    喧嘩を一回もしたことのないご夫婦も存在しますが、私たちは毎日のように京都育ちのえかきとは意見は合わずその違いで議論になることは多々あります。
    このような絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いします

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス拝

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