ブエノスアイレスのクリスマスパ-ティ-で出会った京都のえかき

 

 

えかきが初めて南米へ渡ったのは二十歳のとき。

京都の西陣で生まれ育った青年が、下駄を履いて船に乗り、

45日かけてアルゼンチンへ渡った。

 

目的はただ一つ

ペル-クスコの街を描きたい。

 

若さというのはすごいもので、

お金があるわけでもなく、計画があるわけでもない。

それでも絵を描きたいという気持ちだけで、南米へ渡ってしまった。

 

それから南米をあちらこちら放浪しながら、絵を描き続けた。

アルゼンチン、パラグアイ、ブラジル、、、。

絵を描きながら旅をする生活だった。

 

そして何年か後、二度目のアルゼンチン。

 

私はアルゼンチン生まれ育ちの日系二世。

まだ若かったころ、ブエノスアイレスで開かれた

クリスマスパ-ティ-に行くことになった。

 

主催は「Let'go vamos] というグル-プ。

ホテルの地下で開かれるダンスパ-ティ-だった。

でも正直なところ、

私はあまり行きたくなかった。

 

あとで知ったのだが、

そのパーティ-に来ていた京都のえかきも

あまり行く気はなかったらしい。

 

 

それでも、そこで出会ってしまった。

京都西陣生まれのえかき、

小川憲一豊実。

 

えかきは滅多に着ない背広姿。

私はクリスマスパ-ティ-だから、たぶんドレス。

 

でも不思議なことに、自分が何を着ていたかはあまり覚えてない。

 

覚えているのは、えかきのぎこちない姿。

 

実は彼、

ダンスを踊ったことがなかった。

それなのに勇気を出して、

私を踊りに誘ったそうである。

 

音楽はタンゴではなく、普通の音楽。

最後はチ-ク。

 

そして別れ際、

いきなり住所録を渡された。

 

 

https://donkenart.com/friends-please-dont-die-at-home-because-its-annoying-a-stubborn-painter-who-doesnt-listen/

 

 

「電話してこい」

 

初めて会った人に

電話をするなんて出来るわけが

ない。

 

私は困ってしまった。

 

私はその頃、銀行に勤めていて、

バケ-ションを利用してブエノスアイレスに来ていた。

 

背中の治療のためにお医者にも通っていたし、

大学へ進学する手続きもしていた。

 

とても電話する気にはならず、

そのまま地方へマッサ―ジを受けに行ってしまった。

 

次の日になって、

やっと電話をした。

 

すると電話口の向こうで

カンカンに怒っている。

 

「すぐ来い!」

 

父から怒られたことのない私は

びっくり仰天だった。

 

仕方なく会いに行ったら、

なんと彼は二日酔いでお酒の匂いがぷんぷん。

 

それなのに、

「約束を守らない人は許さない」

と、怒っている。

 

なんだか理不尽な話だが、

それは京都の頑固なえかきとの始まりだった。

 

ちなみにその頃の私は、

まだ知らなかった。

 

保母さんの宿題のお手伝いしてくれているえかき

 

自分が

三番目の彼女

だったということを。

 

ブエノスアイレス動物園にて

 

今となっては笑い話だが、

あの頃の私は

大のやきもちやきだったのである。

 

 

 

それでも気がつけば、

そのえかきと結婚し、

気がつけば50年。

人生というのは

本当にわからないものだと思う。

 

けれど、

この不思議な出会いがあって

今こうして日本の

福山市内海町田島で

画廊喫茶「絵とお茶テレレ」をしてます。

 

あのクリスマスパ-ティ-がなければ

今の人生はなかったかもしれません。

 

人生というのは

本当にわからないものだと思う。

 

 

Un pequeño saludo para mis amigos en Argentina.
Gracias por leer.

 

This is a small story about life with a painter.

Thank you for reading.

 

 

Artist’s wife’s life 🎨

Living on a small island in Japan

Gallery café 絵とお茶テレレ

Writing a blog about art & life

ekakinotsuma.com

 

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。
    19歳でえかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚して来年には金婚式を迎えます。お勤めの方たちの妻とは違いまして金銭的には色々あった人生です。しあわせだったか、しあわせでなかったかはあの世へ行く瞬間にしか分からないと母親がいってました。
    価値観は個々違いますが、自分ではしあわせだと思っております。
    喧嘩を一回もしたことのないご夫婦も存在しますが、私たちは毎日のように京都育ちのえかきとは意見は合わずその違いで議論になることは多々あります。
    このような絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いします

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス拝

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