えかきのつまは、読むつもりはなかったこの日記を静かに読みました。

この日記帳を、私は今まで見た

ことがありませんでした。

手に取った瞬間、今のノ-トと

はまるで違う重みがありました。

 

前にはこのような写真が、そして説明文も

 

 

えかきは下駄を履いて船でアルゼンチンへ

そして憧れのペル-、クスコで絵を

描いている時に父の他界の連絡が

あったそうです。

 

父は肺結核で50歳でなくなった。

母は100歳まで生きた

なので舅に会ったことはありません。

 

詳しいことは、私にはわかり

ません。

ただ、聞いた話と、残された文

字があります。

日記帳の舅が書き残した1ペ-ジには、

 

 

 

そして最後になったペ-ジ

 

 

日記には、娘の事ばかり書か

れていました。

父親ってやはり娘はかわいいのでしょう

 

舅は千葉出身でした。

特攻の生き残り

 

https://www.nhk.or.jp/archives/sensou/special/warmuseum/14/

 

えがきが描いた父親
キャンパスに油彩
小川憲一豊実描く

 

読み終えて、何かが変わったわ

けではありません。

ただ、この日記が、ここにあっ

たことを知りました。

それだけで、今日は十分だと思

いました。

 

ご夫婦のお位牌

 

五十年たってやっと一緒に

 

 

小川(松ノ下)マリアイネス拝

 

 

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。
    19歳でえかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚して来年には金婚式を迎えます。お勤めの方たちの妻とは違いまして金銭的には色々あった人生です。しあわせだったか、しあわせでなかったかはあの世へ行く瞬間にしか分からないと母親がいってました。
    価値観は個々違いますが、自分ではしあわせだと思っております。
    喧嘩を一回もしたことのないご夫婦も存在しますが、私たちは毎日のように京都育ちのえかきとは意見は合わずその違いで議論になることは多々あります。
    このような絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いします

    小川(松ノ下)マリアイネス拝