大学へ毎日迎えに来たえかき|ブエノスアイレスでの出会い

ブエノスアイレスで出会った

京都の頑固なえかき。

 

約束を守らないと怒られたり、

二日酔いで現れたり。

 

なんだか

よく分からない人だった。

 

その頃の私は

銀行に勤めながら

大学へ行く準備をしていた。

 

試験に合格したときは

本当に嬉しかった。

 

そして

夜間の大学へ通い始めた。

 

大学生の頃の私
前にいるのは大学の同級生の姪っ子。
ブエノスアイレスでの何気ない日常の一枚。
この頃、まだ私は一人の日本人えかきに振り回されることになるとは思ってもいませんでした。

 

すると——

 

そのえかきが

毎日迎えに来るようになった。

 

大学が終わる時間になると

ちゃんと待っている。

 

最初は

「どうして毎日来るのだろう」

と思っていた。

 

でも今思えば

それが彼なりの

優しさだったのかもしれない。

 

 

ところがある日。

 

とても喜んでいる私に向かって

突然——

 

最初の彼女の名前を言った。

 

もちろん

私は不機嫌になる。

 

すると言い訳。

 

「アルゼンチンの名前は難しい。」

 

そんな言い訳が

あるだろうか。

 

その頃の私は

かなりのやきもち焼き。

 

今思えば

よく続いたものだと思う。

 

それでも——

 

気がつけば

そのえかきと結婚し

 

日本の小さな島で

一緒に暮らしている。

 

人生は

本当に不思議だ。

 

ブエノスアイレスの

クリスマスパーティーで出会い

 

大学へ迎えに来ていた

あのえかきと

 

今は——

 

福山市内海町田島で

画廊喫茶

「絵とお茶テレレ」

をしています。

🔗

よろしければ、こちらの話もあわせてお読みください。

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。

    19歳で、えかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚し、今年、金婚式を迎えました。

    会社勤めの方のご家庭とは違い、金銭的にはいろいろあった人生です。

    しあわせだったか、しあわせでなかったかは、あの世へ行く瞬間にしか分からない――と、母が言っていました。

    人それぞれ価値観は違いますが、私は自分ではしあわせだったと思っています。

    喧嘩を一度もしたことのないご夫婦もいらっしゃるでしょうが、私たちは毎日のように、京都育ちのえかきとは意見が合わず、その違いから議論になることも多々あります。

    そんな絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス 拝

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です