父と歩けば彼氏、弟と歩けば夫? そんな日々を思い出す父の五周忌

父は泣かなかった

 

十代の頃、父と街を歩いていると「彼氏さんですか?」と聞かれることがありました。

独身の頃は弟と買い物へ行くと「ご主人ですか?」と言われたこともあります。

そんな何気ない出来事まで、今では大切な思い出です。

父が旅立って五年。

今日は、娘として忘れたくない父のことを書いておこうと思います。

 

① 若かった父母

母は老けて見えていたのか父を夫ではなく、息子さんですか?と言われ面白くなかったと思う

父は1929年12月30日生まれの巳年、母は1931年2月1日のひつじ年であるが1歳違いのような感じだった

鹿児島県、財部、桐原生まれ、育ちの父はもっと大きな農業を夢見てアルゼンチンへ呼び寄せにて移住

何年かお茶工場で働き、独立した。

 

 

② アルゼンチンで開拓した人生

 

 

 

機械なしで山を切り開き開拓した。

苦労の連続だったのでしょうけれど、子供達にはそう見えなかった

母が「旦那は体が丈夫だから助かった」と  私と兄以外、4人の子供の出産は父が助産師を

両親のこと、語ることは永遠とある

月日が流れるのは瞬きのようにあっという間に、父があの世へ旅立って5年になる

気が付かなかったのですが私が大好きな数字29日が命日になった、忘れない為に?

アルゼンチンの高校の卒業式は結婚披露宴みたいに豪華できらびやか、生の楽団と恰好もはれやか

日本の卒業式と違って、泣く人などいない、新しい旅立ちのウキウキ感満載である

日本ではしくしく泣かれる親が多い。娘も卒園式や発表会で泣く

意味ワカメ?わかるような、わからないような

 

高校卒業パ-ティにて

 

③ 父は泣かなかった

父が泣いたのを見たことがない、いつだったか直接聞いた「パパも泣くことがあるの?」と「ママが死んだら泣くだろうなぁ~」

母が亡くなった時に私は近くにいた、父がトイレへ入って出てきた、泣いていたのだろうか、泣いていなかったのだろうか、、、下の妹がパニック状態で父が「泣いても生き返って来ないのだから、、、と言ってた

 

④ 私の結婚

 

 

結婚披露宴では父は小柳ルミ子の瀬戸の花嫁を歌った

この時まさか瀬戸内に長年住むようになるとは想像もしなかった。

この歌の歌詞とはちょっと違うけれど、今さながら親の気持ちがずしんと伝わる、

毎日マルコ水産へ出勤しながら口ずさみ父を偲ぶ。

19歳での結婚を許してもらったけれど、心配だったのでしょう。

 

 

⑤ 父の教え

子供は、男の子2、女の子2ほしかった。

でも父に言われました、3人にしとけと

6人も授かった両親、不思議に感じ父に聞いた

「なぜ?」で言われたこと「子供のことは死ぬまで心配、結婚したらしたで、、、」

遠い日本に住んだ私が一番心配をかけたと今さながら申し訳なく思う。

 

⑥ 遠く離れて暮らした娘

一人アルゼンチンへ里帰りをしたときに、

父が国際空港のエセイサまで迎えに来てくれてた、

里からは1300kmほど離れている

心の中には思い出は尽きない、ある方だと思う、父の誕生日には、色々と長電話したっけ~

 

 

 

30時間の長旅は年を取ると体に応える、二人とも疲れ顔

すぐ下の妹が松の下の家系図を作りたく情報集めを日本にいる私に託した、

鹿児島の従妹たちや叔母ちゃんにお世話になりました

戸籍謄本が手っ取り早いと思い、それを申請していただくまでがちょ~たいへんでした。

個人情報保護法のため苦労しました

7人兄弟だと父から聞いてた。

戸籍を取り寄せびっくり!10人だったと最近知る、父はしっていたのだろうか?

コロナで旅が出来ず、里帰りも。父の5周忌にせめてこのブログに父のほんの一部を記する。

パパがいなくなって寂しいです。パパ、ありがとう。

時がこの気持ちを穏やかにしてくれる日を待ちながら  娘より拝

 

内部リンク

「父との思い出を振り返る中で、子ども時代や故郷についても書いています。

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アルゼンチンでの子ども時代の記事

 

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家族や親子をテーマにした記事

 

 

 

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。
    19歳でえかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚して来年には金婚式を迎えます。お勤めの方たちの妻とは違いまして金銭的には色々あった人生です。しあわせだったか、しあわせでなかったかはあの世へ行く瞬間にしか分からないと母親がいってました。
    価値観は個々違いますが、自分ではしあわせだと思っております。
    喧嘩を一回もしたことのないご夫婦も存在しますが、私たちは毎日のように京都育ちのえかきとは意見は合わずその違いで議論になることは多々あります。
    このような絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いします

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス拝

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