アルゼンチンで育った私が大切にしていること

アルゼンチンで育ったことは、
私の中で、今も静かに息をしています。

 

貧しかったけれど、
家の中には、いつも笑いがありました。

 

父も母も、苦労を抱えながら、
それを表に出さない人たちでした。

 

雨のあと、父と一緒に畑へ行くと、
丸太にびっしりと生えたキクラゲを見つけました。

 

「畑の肉だ」と父は笑い、
それを持ち帰って、家族で食べた日のことを覚えています。

 

豊かではなかったけれど、
不思議と、寂しいと思ったことはありません。

 

特別な何かではなく、
あの場所で育った感覚が、
今の私を支えてくれているのだと思います。

 

その頃に見ていた景色や、
家族の空気のようなものが、
今の私の土台になっている気がします。

 

日本に来て、
文化の違いや考え方の違いに戸惑うこともありました。

 

けれど、どこかで思っていたのです。

 

人は、持っているもので生きるのではなく、
どう受け取るかで、生きていけるのではないかと。

 

あの頃に感じていたことが、
今の私の生き方に、静かに繋がっています。

 

夫と出会い、
長い時間を一緒に過ごしてきました。

 

うまくいかないことも、
分かり合えないことも、たくさんありました。

 

それでも、こうして今も隣にいる。

 

そのこと自体が、
私にとっては、大切なことのように思えます。

 

振り返ると、
特別なことがあったわけではありません。

 

けれど、あの頃の暮らしの中で育った感覚が、
今の私を、静かに支えてくれています。

 

だから、今書いていることは、
すべて、あの場所から繋がっているのだと思うのです。

 


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投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。

    19歳で、えかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚し、今年、金婚式を迎えました。

    会社勤めの方のご家庭とは違い、金銭的にはいろいろあった人生です。

    しあわせだったか、しあわせでなかったかは、あの世へ行く瞬間にしか分からない――と、母が言っていました。

    人それぞれ価値観は違いますが、私は自分ではしあわせだったと思っています。

    喧嘩を一度もしたことのないご夫婦もいらっしゃるでしょうが、私たちは毎日のように、京都育ちのえかきとは意見が合わず、その違いから議論になることも多々あります。

    そんな絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス 拝

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