メッシ、ありがとう。アルゼンチン代表とのお別れを見て

先日は、メッシのアルゼンチン代表としての最後の試合でした。
テレビを見ながら、えかきが、
「まだ放送しているのか」
と、少し驚いたように言っていました。
それだけ長い時間、メッシはアルゼンチン代表として、
試合前から、解説者の話を聞いていると、
「もしサッカー場が30万人収容だったとしても、
というような話もありました。
それを聞いて、
「本当にそうかもしれない」
と思いました。
今回の試合を見ていて感じたのは、
20年以上。
短いようで、とても長い年月です。
その間には、
それでも、最後のお別れでメッシが見せたのは、
感謝。
そして、幸せだったという気持ち。
その姿を見ていると、こちらまで胸がいっぱいになりました。
試合が始まる前、アルゼンチンの国歌が流れました。
その時、スカローニ監督は涙を流していました。
泣いているというより、
その涙の中には、これまでの苦労や喜び、
昔の人には、
「男は泣いてはいけない」
というイメージがありました。
私の父も、泣く姿を見た記憶がありません。
そして、えかきが泣いている姿を見るのも、
でも、ほかの男性が涙を流しているのを見ると、
「男も人間なんだな」
と感じます。
その人の気持ちを想像して、こちらまで胸が熱くなる。
それは、わがままなことではないのかもしれません。
そして、メッシは泣かなかったのかなと思っていたら……
試合前、チームのバスの中ですでに涙を流していたそうです。
お別れのスピーチでは、
小さな子どもたちが、
その表情がとても可愛らしくて、
「メッシは幸せだなぁ」
と思いました。
ディ・マリアの言葉

そして、私が大好きなアンヘル・ディ・マリアも、
18年間、代表で一緒に戦った仲間です。
その言葉を読んでいると、
「あなたと同じ世代に生まれたことは、
そして、長い年月を一緒にプレーできたことへの感謝。
国旗を世界の高い場所へ掲げてくれたことへの感謝。
最後には、
「愛しています、友よ。史上最高の選手」
という気持ちを伝えています。
私も、アルゼンチンで生まれ育ちました。
だから、この言葉にはとても共感しました。
私はサッカーファンだったのかな?
私は、ワールドカップくらいしかサッカーを観ませんでした。
だから、自分をサッカーファンと呼んでいいのかは、
それでも、自分の国のチームが遠い日本で試合をしていると、
「頑張れ、アルゼンチン!」
と応援したくなりました。
ハラハラ、ドキドキしながら試合を見て、
勝った時には嬉しくて、
負ければ残念で……
そんな時間を一緒に味わえたことは、
アルゼンチンから遠く離れた日本にいても、心のどこかでは、
そして昨日、
そのアルゼンチン代表からメッシが去りました。
寂しいけれど、
ありがとう。
長い間、私たちを楽しませてくれてありがとう。
アルゼンチンを、
Muchísimas gracias, Messi.
そして、
¡Gracias a todos, Selección Argentina!
アルゼンチン代表、本当にありがとう。

先日、メッシのお別れを見ながら、
歳を重ねるほど、故郷への思いは強くなるのかもしれません.




























