「えかきの第一の仕事は、生涯描き続けること。そして反戦への思いを描き続けること。」

「平和への願いを込めて描き続けてきた絵」

えかき・小川憲一豊実にとって、一番大切な仕事は「描くこと」です。

生活のための絵も描きます。

しかし、それとは別に、何十年もの間、ライフワークとして描き続けてきたものがあります。

それが、戦争の悲惨さや平和への願いを込めた反戦の絵です。

 

 

 


家族がモデルだった反戦の絵

若い頃は生活に余裕がなく、モデルをお願いすることはできませんでした。

そのため、多くの作品では家族がモデルになっています。

特に原爆や戦争をテーマにした作品では、子どもたちに協力してもらいました。

もちろん、幼い子どもたちは怖がり、あまり喜んではくれませんでした。

それでも父親の思いを知りながら、何度もモデルを務めてくれました。

振り返ると、次男をモデルにした作品が一番多いように思います。

 

長男も大切なモデルでした。

 

 


絵を守るために出会った古民家

約12年前、それまで住んでいた家は作品でいっぱいになってしまいました。

保管場所を探していたとき、ご縁があって今の古民家と出会います。

母屋、醤油蔵、そして十分な収納。

「ここなら絵を守れる。」

そう思える場所でした。

10年以上空き家だった建物を、自分たちの手で少しずつ修復し、今の画廊喫茶へと生まれ変わりました。

 

 

 


蔵には反戦の絵、母屋には心が和らぐ絵

醤油蔵には、反戦や原爆をテーマにした作品を展示しています。

一方、母屋には四季の風景や花、人物など、心が穏やかになる作品を飾っています。

反戦の絵も、日常を彩る絵も、どちらも絵描きにとっては大切な作品です。

生活を支える絵も描きながら、自分が信じるテーマも描き続ける。

それが主人の生き方です。

 

 


好きなことを貫いて生きる人生

主人は本当に好きなことだけを続けて生きてきました。

だからこそ、数え切れないほどのアルバイトも経験しました。

会社勤めは向いていない。

サラリーマンにはなれない。

50年間そばで見てきた私には、それがよく分かります。

頑固なくらい信念を曲げない。

その性格だからこそ、今日までえかきとして歩いてこられたのでしょう。

次男はよく、

「好きなことができてええなあ。」

と言います。

長男も、自分の好きな道を歩んでいるので、父の生き方には納得しているようです。

 

 


新聞にも紹介していただきました

画廊喫茶を始めた頃には、新聞でも紹介していただきました。

 

 

 

 

多くの方に支えていただきながら、今日まで続けてくることができました。

本当に感謝しています。

 

 


生者必滅

仏教には

「生者必滅(しょうじゃひつめつ)」

という言葉があります。

生まれた者は、いつか必ず命を終える。

だからこそ、生きている間に自分の信じることを続けたい。

主人にとって、それは描き続けること。

そして、戦争を繰り返さないために、反戦の絵を描き続けることなのだと思います。

 

内部リンク

 

富士山を描き続ける理由

 

仕事はお金だけではない」

 

「親が育てたように子は育つ」

 

「画廊喫茶 絵とお茶テレレ

 

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投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。

    19歳で、えかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚し、今年、金婚式を迎えました。

    会社勤めの方のご家庭とは違い、金銭的にはいろいろあった人生です。

    しあわせだったか、しあわせでなかったかは、あの世へ行く瞬間にしか分からない――と、母が言っていました。

    人それぞれ価値観は違いますが、私は自分ではしあわせだったと思っています。

    喧嘩を一度もしたことのないご夫婦もいらっしゃるでしょうが、私たちは毎日のように、京都育ちのえかきとは意見が合わず、その違いから議論になることも多々あります。

    そんな絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス 拝

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