「言いたいことを言う」って、どういうこと?『ヘイトクライムとは何か』を読んで

ヘイトクライムは、差別や偏見などを動機として行われる犯罪。

ヘイトスピーチとヘイトクライムの違いは何ですか?

最近、私は
「ヘイトスピーチとヘイトクライムは、どう違うのだろう?」
と考えることがありました。

簡単に言えば、

ヘイトスピーチは、差別や憎悪をあおる言葉や言動。

ヘイトクライムは、差別や偏見などを動機として行われる犯罪。

という違いがあります。

日本でも、外国出身者などに対する不当な差別的言動を解消するための法律があります。

そんなことを考えるようになったのは、
鵜塚健さん、後藤由耶さんの
『ヘイトクライムとは何か――連鎖する民族差別犯罪』を読んだからです。

お二人とは、まだ直接お会いしたことはありません。

でも、いろいろな投稿を拝見しているうちに、
いつの間にか好きになった方です。

興味をそそられて、この本を読みました。

2023年にKADOKAWAから出版された本で、在日コリアンを標的にした事件などを取材しながら、差別がなぜ生まれ、どのように犯罪へつながっていくのかを考えたルポです。

差別は嫌い。でも、自分はどうだろう?

なかなかデリケートなテーマです。

反感を買うかもしれない。

それでも、こういうことを取材し、伝えてくださる方がいることに感謝します。

根本的に、えかきのつまは差別が嫌いです。

でも……

自分では気づかないうちに、差別していることはないだろうか?

そんなことも考えました。

自分が言われて嫌なことは、できるだけ人には言わない。

これは自分なりに気をつけています。

それでも、世の中には
「私は○○人が嫌い」
と、堂々と大きな声で言う人もいます。

それを聞くと、嫌な気持ちになることがあります。

言いたいことを言うということ

「ここは言うべきではないか」

そう思っても、なかなか行動に移せない。

相手が上司だったり、仕事上の付き合いがあったり、いろいろなしがらみがあったりするからです。

えかきのつまは、アルゼンチンで生まれ育ち、長い年月を日本で暮らしています。

では、私はもう100%日本人になったのでしょうか?

アルゼンチンでは、
「はい」「いいえ」をはっきり言う。

だからなのか、今でも私は思ったことを口にして、えかきに怒られることがあります。

「やっぱり、まだ日本人にはなりきれていないのかな」

なんて思ったりします。

もちろん、どちらが良い、悪いと言いたいわけではありません。

文化の違いなのだと思います。

鵜塚さんとの短い会話

以前、記者さん仲間がテレレに遊びに来てくださったことがありました。

そのとき、電話を代わって、初めて鵜塚健さんとお話ししました。

その短い会話の中で、

「言いたいことは言うのがいい」

と念を押されたことを覚えています。

えかきのつまは、自分では「言いたいことは言っている方」だと思っています。

でも、鵜塚さんほどではありません。

もちろん、私は記者でもありません。

えかきには、

「つまは喧嘩を売る」

と、よくぼやかれます。

文化の違いには、今でも時々まいります。

私は意見を言う。

夫は、

「9歳年下なのになんだ、その口の利き方は?」

と、お酒を召されると何度も繰り返します。

これには、今日この頃、ちょっとうんざりしています(笑)。

「自由」について考えた

本の中で出てくる、学園の「三つの価値観」が心に残りました。

人を大切にする自由がありますが、人を傷つける自由はありません。

人と違う自由はありますが、人と違うことを責める自由はありません。

一生懸命学ぶ自由はありますが、学ばない自由はありません。

簡単な言葉のようでいて、なかなか深い。

特に私が気になったのは、

「自由には、相手の存在も関係している」

ということでした。

言いたいことを言えない世の中になったのでしょうか?

 

 

 

そんなことを考えていたところ、最近、アメリカ・ニューヨークの国連本部前で、イスラエルのネタニヤフ首相の国連演説を前に抗議デモが行われ、俳優のスーザン・サランドンさんらが拘束されたというニュースを目にしました。報道によって人数などには違いがありますが、複数の報道機関が拘束・逮捕を伝えています。

これを見て、

「言いたいことを言えない世の中になっているの?」

と、ふと思いました。

でも、ここで私はまた迷います。

「言論の自由」とは何なのだろう。

自分の考えを言う自由は大切です。

でも、人を傷つけたり、特定の人たちを排除したりする言葉まで、同じように「自由」と言ってよいのだろうか。

その境目が、私にはとても難しく感じます。

なぜ、そこまで嫌うのだろう?

『ヘイトクライムとは何か』を読んでいて、

「なぜ、そこまで韓国人や中国人を嫌うのだろう?」

と理解できない気持ちになることもありました。

それは家庭での教育なのだろうか。

それとも、家庭だけではないのだろうか。

学校や社会、周囲の人、そして今ではSNSやインターネットから受け取る情報も関係しているのかもしれません。

情報が多すぎて、何を信じればいいのか分からなくなる。

そんなことを感じるのは、えかきのつまだけでしょうか。

情報が多すぎる時代だからこそ

昔は、今ほど情報がありませんでした。

テレビや新聞、本など、限られたところから情報を得ていました。

今はスマートフォンを開けば、たくさんの情報が流れてきます。

便利になった一方で、

「これは本当なの?」

と、一度立ち止まることも必要なのだと思います。

私自身も、情報が多すぎて頭の中が混乱することがあります。

だからこそ、本を読み、いろいろな人の話を聞き、
自分でも考えてみる。

すぐに答えを出さなくてもいいのかもしれません。

差別について考えることも、
言いたいことを言うことも、
誰かを傷つけないことも。

どれも簡単ではありません。

だから私は、今回この本を読んで、

「自分はどうだろう?」

と考えたことを、まず書いてみました。

昔が懐かしく思える今日この頃ですが、
今の時代だからこそ考えなければならないことも、たくさんあるのかもしれません。

 

 

 

 

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投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。

    19歳で、えかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚し、今年、金婚式を迎えました。

    会社勤めの方のご家庭とは違い、金銭的にはいろいろあった人生です。

    しあわせだったか、しあわせでなかったかは、あの世へ行く瞬間にしか分からない――と、母が言っていました。

    人それぞれ価値観は違いますが、私は自分ではしあわせだったと思っています。

    喧嘩を一度もしたことのないご夫婦もいらっしゃるでしょうが、私たちは毎日のように、京都育ちのえかきとは意見が合わず、その違いから議論になることも多々あります。

    そんな絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス 拝

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