ジャングル育ちの子どもの遊び|おもちゃがなくても毎日が楽しかった

大げさではなく、
私の子どもの頃と今の子どもたちの遊びは、
ジャングルで育ったえかきのつまにとって、
おもちゃも、今のようにはありません。
では、いったい何をして毎日を過ごしていたのでしょう。
夏休みも、遊び方が違った
夏休みになると、経済的に余裕のある友達は、
でも、移住地の子どもたちは、親の仕事を手伝いながら、
遊び道具は、特別に買うものではありません。
身近にあるものが、何でも遊び道具になったのです。
私の住んでいたところの土は赤く、
水たまりもできます。
雨が降って川の水が増えると、それも遊び場になりました。
赤土の上を滑って遊んだり、紙の船を作って川に流したり。
水たまりでは、オタマジャクシを眺めながら、
「これがカエルになるんだ」
と、変身していく姿を想像していました。
今思えば、それだけで十分楽しかったのです。
ターザンにもなりました
父が山へ木を切りに行き、トラクターで丸太を運んでいました。
その近くでは、かずらを見つけてターザンごっこ。
今考えると、かなりおてんばな子どもでした。
でも、思い出せばきりがありません。
身の回りにあるものを見つけては、
「これで何をして遊ぼう?」
そんなことを考えていたのでしょう。
アリジゴクも遊び相手だった
ガレージや倉庫の土には、
当時は、もちろんアリジゴクについて詳しく知りません。
ただ、
「面白い!」
それだけで遊んでいました。
一匹のアリジゴクを糸の先に縛って巣の上に持っていくと、
それが面白くて、何度もやっていたのだと思います。
今になって考えると、
「どうして仲間が出てくるのだろう?」
と不思議になります。
もしかしたら、エサと勘違いしていたのでしょうか。
子どもの頃には、そんな疑問もそのまま。
分からないことは、分からないまま遊んでいました。
ところが、ブログを書き始めてからは違います。
「あれは何だったのだろう?」
と思うと、すぐに調べたくなります。
これもブログを書く楽しみの一つです。
アリジゴクはウスバカゲロウの幼虫で、
日本にも、ちゃんといるのですね。
「日本では見たことがない」と言ったら……

あるとき、えかきに、
「日本でアリジゴクなんて見たことがないわ」
と言うと、
「どこにでもいる!」
と言われました。
そこで調べてみると、
巣の中心に砂を集めた、すり鉢状の小さな穴。
それがアリジゴクの巣です。
面白いものですね。
国が違えば、遊び方も違う。
でも、子どもが「何だろう?」
それにしても、
父親しか思い当たりません。
もしかすると、
そんなことまで考えてしまいます。
昔の遊びと今の遊び
私の時代の遊びと、今の子どもたちの遊びを比べると、
身近には小学5年生と中学2年生の孫がいます。
また、田島で修学旅行生の民泊をしているので、中学生や高校生、
話を聞いていると、ゲームが好きな子が多い。
外国の子どもたちにもゲーム好きはいますが、昔の私たちとは、
育った環境によって、遊び方も変わっていくのでしょう。
「海を見に行く」と言ったら……

少し昔に戻ったような気持ちで散歩をしていて、
「どこへ行くの?」
と聞かれます。
「海を見に、阿伏兎山に上がるの」
そう答えると、子どもたちは目を真ん丸にします。
そして、
「何しに?」
と聞くのです。
「ボ~っとしに」
と答えても、どうも理解できないらしい。
目的がなければ、出かける意味がないのでしょうか。
でも、私たちにとっては、それがストレス解消でした。
海を見たり、風に吹かれたり、何もせずにボ~っとしたり。
それだけで気持ちが軽くなる。

遊びも、時代と一緒に変わる
昔の私は、赤い土、水たまり、川、かずら、オタマジャクシ、
身の回りにあるもの全部が遊び道具でした。
今の子どもたちは、ゲームやスマートフォンなど、
どちらが良い、悪いということではありません。
育った環境が違えば、遊びも変わる。
そして、年齢を重ねた今だからこそ、
「こんなところにも、昔と今の価値観の違いがあるんだな」
と、面白く感じるえかきのつまです。

あれから長い年月が過ぎました。
思い出してみると、ジャングルの赤い土も、川も、かずらも、
でも、よく考えてみれば、ずいぶん遠い昔のこと。
そんな遠い昔を、

私の父は、1955年に鹿児島からアルゼンチンへ移住しました。
→「大農業をしたくて父はアルゼンチンへ」



