宮崎の叔母、お正月の挨拶で「元気で働けることは日の出に負けないぐらいありがたいこと」

 

海苔工場でアルバイトを始めて数シーズン。

夜勤も昼勤も経験し、「働けることは当たり前ではない」と感じるようになりました。

そんな時に思い出すのが、宮崎の叔母が毎年のお正月に話してくれた言葉です。

 

 


あるシ-ズンは夜勤をしてたので、

主人と一緒に海苔の刈取り船に乗せていただきました。

 

感動が冷めぬ内に”漁師さんは格好いい!”と実感。

 

大変な仕事ではあるけれども、刈り取るの見学してると、

主人は神業じゃと。

 

私の感想は尽きないけれど想像してたのと、

やはり体験するのはアルゼンチンと日本の様、全然違う。

 

寒いと思って着込んで行ったら一枚ずつ脱ぎ、

船は海に潜ると、潜水艦ではないので無理ですね。

 

寿敏さん”飽きなんだ?”とんでもない、

操舵士の体験談やもちろん海苔を刈っていくさま、

ロ-プを見ながらこれは何結びだろうかと考えてたら、

あっという間に終わってしまいました。

 

マルコの皆様貴重な体験をさせていただき感謝です。

 

いつか孫とも行きたいです。体験に勝るものはないと思います。

 

 


 

私の仕事は乾燥機から出てきた板海苔が製品になるまでの処理、

箱に詰めたり,エビ取りしたり。

素人の私には工場の中の詳しいことは分かってない、

色々覚えなくてはと思うのですが、、、

様々な交じり合った音の中で常と違う?様な気がすると、

殆どなんでも直してしまう社長に知らせると「目に見えんものは分からん」と

 

恋をするときみたいなもんですね~と内心思ったけれど

アルゼンチンジョ-クはあまり通じない日本、自分の心の中に収めました。

 

完全に乾ききってない海苔が特定の箱に生海苔として落ちる時もある、

海苔師の順次君が「もっと出だしたら知らせて~な」

今より多くなったらですね、どのくらいですか?と聞くと

「我慢んができるぐらい」というので可笑しくて、微笑んじゃった。

 

だって我慢強い人だったらず~と知らせないだろうなぁ~、、、

やはり親子似ているところがあるのは当然、おもろい。

 

小さな出来事で楽しむえかきのつま

好奇心の強い私は色々順次君に聞いたり、説明していただいたり、

仕事の合間に説明付きの見学をさせてもらっています。

 

ボイラ-室は驚きである、広いし窓?、ドア?を

開けた瞬間に音と熱風が体に伝わるのである。

 

初にアルバイトで工場へ行ったときは一つ一つが面白くて、

機械の動きを見ながら感心した。

 

父がアルゼンチンで製材所をやってた時、

蒸気機関車のようなモータ-とは言わないけれど、

お手伝いをしながら観察したもの、

仕事はドンドン薪で炊く、

そして反対側には大きな丸い中に小さな煙突?を掃除するのも楽しかった。

 

 

竈の下に落ちて溜まった灰の中で焼き芋の美味しかったこと、

遊びながらのお手伝いだから、おとうとなんてお友達と夢中で遊んでは薪をくべるのを忘れると、

さぁ~どうなる、、、馬力が無くなり、父が大声で叫ぶ、

機械はどんどんシュシュっという音が遅くなってくる。

 

マルコの工場で使っている手動で海苔を束ねる道具は興味深い、毎日これを使って束ねる

 


長男の寿敏さんはマルコ新聞に書かれている苦労話をブログに載せてもいいですか?と

お聞きしましたら、著作権をと手を出された、はい!と空想でお渡しました。

 

お金はないし諦めましたのではなく、あまり長くなりそうなので辞めた。

 

直に美味しい海苔をお買い上げになると、マルコ新聞は頂けるそうです。

 

一気に読めちゃいます、ほのぼのの逸話が私は好き。

 

ランチタイムにはちょこっとうるさい工場の音から解放され、

皆一緒に和気あいあいと楽しんでいる。

 

鉄人28号とある人がなずけておられる方の

笑顔で張り詰めた神経がほぐされホットする瞬間でもあります。

 

私は二階の食堂の海が見える位置の端っこに座ってボ~とする

 


 

なぜか太陽にほえろを思い出させる光景、

ポ-ズで海を眺めている漁師が見える。

 

良~く眺めていると、もちろん後ろ姿しかみえないのだけれど、

たちしょんをしている。

えぇ~漁師のたちしょんも恰好が良いように見えた。

 

実は日本へきたころびっくりしたのはこのたちしょんでした、

たぶん外国ではみられない、

アルゼンチンでも拝見したことはないので驚きでした。

 

一番びっくりしたのは、奈良見物の時、団体旅行をされてた

おばあちゃんが目の前で用を足されたとき。

 

朝5時ごろ起きて、心落ち着く音楽を聴きながら、

一人マテを飲んでアルバイトへ向かう。

15分ほどの通勤時間で、日の出と共に工場へ入り、

そして美しい夕日を見ながら帰宅する。

 

美しい瀬戸の海を満喫しながら、今日もいられてしあわせに思う

朝日も夕日も時には水彩画の様、時には水墨の様、そしてまたは日本画の様。

 


 

宮崎の叔母は毎年のようにこう言っていました。

「元気で働けることは、日の出に負けないくらいありがたいこと。

若い頃には、その意味を深く考えたことはありませんでした。

けれど海苔工場で働き、多くの人と出会い、美しい朝日や夕日を眺める毎日を過ごしていると、

その言葉が少しずつ心に染みるようになりました。

 

働けること。

誰かの役に立てること。

一日の終わりに「今日もありがとうございました」と言えること。

 

それは、お金だけでは測れない幸せなのだと思います。

 

千代子叔母ちゃん、ありがとう。

 

そして今日も、支えてくださる皆様に心から感謝しています。

 

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。
    19歳でえかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚して来年には金婚式を迎えます。お勤めの方たちの妻とは違いまして金銭的には色々あった人生です。しあわせだったか、しあわせでなかったかはあの世へ行く瞬間にしか分からないと母親がいってました。
    価値観は個々違いますが、自分ではしあわせだと思っております。
    喧嘩を一回もしたことのないご夫婦も存在しますが、私たちは毎日のように京都育ちのえかきとは意見は合わずその違いで議論になることは多々あります。
    このような絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いします

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス拝

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