高校卒業祝いは現金ではなく、父が描いた肖像画でした

三人の子どもたち。
長男タケル、次男ヒトシ、長女ミルタ。
高校卒業の節目に、えかきである父は、
世間では卒業祝いといえば現金や腕時計、
けれど小川家の卒業祝いは、
本人たちは、もしかすると「他のお祝いの方が良かった」
それでも父は、自分にできる一番の贈り物を選んだのでしょう。
絵描きだからこそ贈れる、世界に一枚だけの卒業祝いです。
子どもたちは、
それとも、そうではなかったのでしょうか。
いつか機会があれば、三人に聞いてみたいと思っています。
三人とも今ではそれぞれの人生を歩んでいます。
よろしければ、

親が見たかったのは舞台ではなく、息子の人生だった
長男のタケルへ

体育の服装で
次男のヒトシへ

普段着で
長女のミルタへ

油彩画
寸草春暉(すんそうしゅんき)
「親の愛情は限りなく大きく、
そんな意味を持つ四字熟語です。
親は子どもの幸せを願い、
この肖像画も、父なりの小さな愛情表現だったのかもしれません。
あの頃は照れくさかった一枚の絵も、年月を重ねるほどに、
「親が育てたようには育っていない。」と、えかきは笑います。
でも、子どもたちを見ていると、
もしかすると、親は教えるものではなく、
次男がまだ保育園に通っていた頃のことです。
「ぶんちゃっちゃ、ぶんちゃっちゃ、貧乏人生はやなこった♪」
そんな替え歌を歌いながら、振り付きで踊っていました。
「僕は絶対、公務員になる!」
と宣言していたのに、大人になった今は会社勤めをしながら、
何かを生み出すことが好きなところは、
「カエルの子はカエル。」
昔からよく言われることわざですが、
「子どもたちは大人になり、それぞれの道を歩んでいます。」
親が見たかったのは舞台ではなく、息子の人生だった
「子どもたちが親となり、
「親として子どもに何を残せるのか。
「卒業祝いの肖像画を描いた父は、
親子のつながりという共通テーマで読んでいただけます。

