父と歩いた街、夫と歩く日常|重なる時間の中で思うこと

若い頃、父と街を歩くと、
まるで恋人同士のように見られることがありました。

少し誇らしくて、
少し照れくさい時間でした。

父は多くを語る人ではありませんでしたが、
その背中や歩く速さの中に、
安心のようなものを感じていた気がします。

あの頃は、それが特別なことだとは思っていませんでした。

ただ一緒に歩くことが、
当たり前のようにそこにありました。

やがて結婚して、
今度は夫と並んで歩くようになりました。

買い物に出かけたり、
何気ない日常を重ねたり。

若い頃のような照れはなくても、
静かで落ち着いた時間があります。

ふとした瞬間に、思うのです。

あの頃、父と歩いた時間が、
今の自分の中に、ちゃんと残っていることを。

そしてそれが、
今の夫との関係にも、どこかつながっているような気がするのです。

人は、過去を抱えながら生きていくのではなく、
過去に支えられて生きているのかもしれません。

今はもう会えない父のことを思いながら、
それでも続いていく日常の中で、

私は今日も、
大切な人と歩いています。

 

 

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投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。
    19歳でえかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚して来年には金婚式を迎えます。お勤めの方たちの妻とは違いまして金銭的には色々あった人生です。しあわせだったか、しあわせでなかったかはあの世へ行く瞬間にしか分からないと母親がいってました。
    価値観は個々違いますが、自分ではしあわせだと思っております。
    喧嘩を一回もしたことのないご夫婦も存在しますが、私たちは毎日のように京都育ちのえかきとは意見は合わずその違いで議論になることは多々あります。
    このような絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いします

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス拝

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