アルゼンチンで生まれ、えかきと出会い、「えかきのつま」になった私のはじまり

アルゼンチンで生まれました。

 

両親は日本から渡ってきた移民で、

決して豊かとは言えない暮らしの中で、

それでも明るく、よく笑う家庭でした。

 

食べるものに困ることもありました。

 

お肉が買えない日も、少なくありませんでした。

 

そんなある日、雨が降ったあと、

父が畑から嬉しそうに持って帰ってきたものがあります。

 

丸太いっぱいに生えた、きくらげでした。

「これはな、畑の肉や」

そう言って笑う父の顔を、今でもはっきり覚えています。

その日の食卓は、特別でした。

贅沢ではないけれど、心が満たされる時間でした。

あのとき感じたあたたかさは、今

でも私の中に残っています。

「ああ、しあわせだな」と、子どもなが

らに感じていた気がします。

私は、そんな家庭で育ちました。

貧しかったけれど、

不思議と「不幸」だと思ったことはありません。

むしろ、

人が笑うことや、工夫して生きることの大切さを、

自然と教えてもらっていたのだと思います。

 

 

やがて私は、アルゼンチンで結婚

しました。

アルゼンチンで出会った人でし

た。

相手は、えかきでした。

なぜか自然と、この人と生きてい

くのだろうと思ったのを覚えてい

ます。

 

少し頑固で、でもまっすぐで、

自分の好きなことを貫いて生きている人です。

 

私は絵を描きません。

 

でも、その隣で生きています。

 

描かないけれど、そばにいる。

それが、私の役割なのだと思っています。

 

 

気がつけば、子どもも大人になり、

今は夫と二人で、画廊喫茶を営みながら暮らしています。

 

毎日絵を描く人と、

それを見ている私。

 

特別なようで、

どこにでもあるような日々。

 

 

でも、思うのです。

 

人の生き方に、

正解はないのだと。

 

豊かさも、幸せも、

誰かが決めるものではなくて、

自分の中にあるものなのだと。

 

 

これは、そんな私の、

はじまりの話です。

今につながっている、小さな始ま

りです。

 

 

 

 

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。

    19歳で、えかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚し、今年、金婚式を迎えました。

    会社勤めの方のご家庭とは違い、金銭的にはいろいろあった人生です。

    しあわせだったか、しあわせでなかったかは、あの世へ行く瞬間にしか分からない――と、母が言っていました。

    人それぞれ価値観は違いますが、私は自分ではしあわせだったと思っています。

    喧嘩を一度もしたことのないご夫婦もいらっしゃるでしょうが、私たちは毎日のように、京都育ちのえかきとは意見が合わず、その違いから議論になることも多々あります。

    そんな絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス 拝

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