画廊喫茶テレレが生まれた理由|すべての出会いに感謝して

画廊喫茶テレレが生まれた理由|すべての出会いに感謝して

画廊喫茶テレレが生まれた理由

画廊喫茶テレレは、たくさんの偶然が重なり、生まれました。

主人・小川憲一豊実の作品が増え、自宅では収納しきれなくなったことが始まりです。

展示できる場所を探していた私たちは、ある日、元醤油蔵の古民家と出会いました。

そこには大きな母屋があり、そして何より、とても温かい大家さんとのご縁がありました。

「ここならきっと素敵な場所になる。」

そう思えたことが、画廊喫茶テレレ誕生の第一歩でした。

 

 

 


古民家を二人で少しずつ再生

当時、その古民家は約10年間空き家でした。

修理しなければならない場所がたくさんありましたが、12年前の私たちは今よりずっと若く、主人と二人で一つずつ手を加えていきました。

時間はかかりましたが、今では多くのお客様から

「落ち着きますね。」
「居心地がいいですね。」

と言っていただける空間になりました。

 

 

 


海まで歩いて1分の暮らし

画廊喫茶テレレのすぐそばには海があります。

歩いて1分もかからず海辺へ行くことができ、ぼんやり海を眺めているだけで心が穏やかになります。

そして晴れた日は、毎日違った表情の夕日を見ることができます。

何度見ても飽きることのない、美しい景色です。

 

 

 


内海大橋と最高のサイクリング

テレレがある田島は、福山市の一部で、本土とは美しい内海大橋で結ばれています。

大きくカーブを描く二連アーチ橋は珍しく、多島美を眺めながら歩いたり、自転車で渡ったりすることもできます。

真夏を除けば、主人と二人で娘たちが住む沼隈方面までサイクリングを楽しみます

少し自転車を押して歩く坂もありますが、それもまた心地よい運動です。

海風を感じながら走る時間は、何歳になっても少年少女に戻ったような気持ちになります。

 

 

 


忘れられない島一周ウォーキング

娘が小学2年生の頃、親子で田島一周ウォーキングに参加しました。

20kmほどのコースだったと思います。

若い頃に東京から京都まで歩いた経験のある主人は、自信満々でした。

ところが翌日になると、階段も上れないほどの筋肉痛。

娘は何事もなかったように元気いっぱいでした。

あの頃は「若いから大丈夫」と思っていましたが、年齢を重ねるにつれて筋肉痛が翌日ではなく、その次の日、そのまた次の日にやってくるようになりました。

今では笑い話です。

 

 


アルゼンチンの文化も楽しめる場所

画廊喫茶テレレでは、主人の絵だけではありません。

私はアルゼンチン生まれなので、

  • マテ
  • テレレ
  • アルファホール
  • パスタフローラ
  • エンパナーダ
  • チーパ

など、ふるさとの味もご用意しています。

コーヒーは自然栽培のウガンダコーヒー。

お茶は主人が育てた自然栽培のお煎茶をご提供しています。

テレレとは南米で親しまれている冷たいハーブティーのような飲み物です。

本来は一つの器を回し飲みする文化ですが、日本ではお一人ずつお楽しみいただけるようにしています。

 

 

 


絵を通して平和を願う

元醤油蔵には、主人が長年描き続けている反戦画を展示しています。

「世界が平和であってほしい。」

そんな願いを込めたライフワークです。

母屋には心が安らぐ作品を展示し、漫画部屋や主人手作りのツリーハウスもあり、大人も子どもも楽しめる空間になっています。

 

 

 


すべての出会いに感謝

画廊喫茶テレレを始めて12年。

振り返ると、ここまで来られたのは、人との出会いのおかげでした。

古民家との出会い。

大家さんとの出会い。

お客様との出会い。

そして、このブログを読んでくださる皆さまとの出会い。

一つひとつのご縁が、今のテレレを育ててくれました。

これまで出会ってくださった皆さま、そして、これから出会う皆さまにも心から感謝しています。

本当にありがとうございます。

 

内部リンク

 

「両親が1955年に鹿児島からアルゼンチンへ移住した理由|私の人生の原点」

 

「ありがとうは人の心を和ませる」

 

「人は必ず死ぬ|だから今を大切に生きたい」

 

「夫婦で毎晩囲碁を楽しむ時間」

 

「40年続く友情」

 

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。

    19歳で、えかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚し、今年、金婚式を迎えました。

    会社勤めの方のご家庭とは違い、金銭的にはいろいろあった人生です。

    しあわせだったか、しあわせでなかったかは、あの世へ行く瞬間にしか分からない――と、母が言っていました。

    人それぞれ価値観は違いますが、私は自分ではしあわせだったと思っています。

    喧嘩を一度もしたことのないご夫婦もいらっしゃるでしょうが、私たちは毎日のように、京都育ちのえかきとは意見が合わず、その違いから議論になることも多々あります。

    そんな絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス 拝

画廊喫茶テレレが生まれた理由|すべての出会いに感謝して” に対して2件のコメントがあります。

  1. 藤井 俊昭 より:

    facebookで、ご主人の投稿を良く目にしています。
    ここ最近から、奥様の投稿を目にする機会が増えました。 ご主人の個性 と 奥様の優しさ が facebookを拝見していて 素晴らしいと感じております。 是非一度 お二人とお会いして お話が出来ればと思っています。

    これからも お二人の投稿を楽しみにしております。

    1. mary より:

      ありがとうございます。それほどやさしくはないです。長年夫婦してますと、意見も喧嘩を売っていると受け止められて困ります。
      どうぞよろしくお願いします。芸術家でしょうか?
      お会いできるのを楽しみにしております。

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