人は必ず死ぬ。それでも命は家族の中で生き続ける

人は必ず死ぬ|家系図を通して知った家族の命のつながり
アルゼンチンに住むきょうだいが、家系図を作りたいと言い、
父方の戸籍謄本を従妹に取り寄せてもらい、
父は7人きょうだいだと思っていたのですが、
私が知っていた叔父や叔母以外に、
そのうちのお一人は、生後2日。
もうお一人は1年。
そして最後のお一人は3年という短い命でした。
昔は医療や科学が今ほど発達していなかったため、
父がよく話してくれた長男のお兄さん
父は長男のお兄さんの話をよくしていました。
子どもの頃、お爺ちゃんが放った弓矢が誤って目に当たり、
幼い私には想像もできない出来事でしたが、
家族の歴史を知るたびに、
「あなたは永遠に生きる」と言われます
友人からは冗談交じりに、
「お前は永遠に生きる。」
と言われることがあります。
中には、
「俺が死んだら、あれをして、これをして。」
と頼んでくる人までいます。
そのたびに私は、
「嫌です。」
ときっぱり断ります。
だって、
人生は本当に思い通りにはなりません。

生後3か月で亡くなった兄
私には兄がいました。
鹿児島県財部町(現在の曽於市財部町)で1952年に生まれ、
三か月の船旅でブエノスアイレスへ到着し、さらに約1,
その後、私が生まれました。
しかし、私が生後3か月のとき、兄は事故で命を落としました。
私には兄との思い出はありません。
あるのは両親から聞いた話と、何枚かのモノクロ写真だけです。
写真が残してくれた存在の証
母はよく話してくれました。
兄は空を飛ぶ飛行機を見上げ、
「〇〇ちゃんのところへ連れてって。」
と叫んでいたそうです。
まだ幼かった兄。
遊び相手もなく、両親は毎日仕事で忙しく、
今もその写真は大切に残っています。
モノクロ写真ですが、確かにこの世に生きていた証です。
毎年11月28日の命日には兄を偲び、
人は必ず死ぬ。でも思い出は生き続ける
もし兄が生きていたら、私は「お兄ちゃん」と呼び、
今とは少し違う人生だったでしょう。
今年74歳になる兄の姿を、時々想像します。
そして父は5年前に、母は18年前に旅立ちました。
今ごろ三人で再会し、
生きている間には照れくさくて言えなかった言葉があります。
「ありがとう。」
あなたたちがいてくれたから、今の私があります。

「親が育てたように子は育つ」
人はいつか必ず死にます。
だからこそ、一緒に過ごせる時間を大切にし、「ありがとう」

人はいつか必ず旅立ちます。だからこそ、今ある幸せや、
生きている間に伝えられる「ありがとう」は、








