戦争を繰り返さないために、私が伝え続けたいこと

私はえかきのつまとして伝えていくことが、目に見えぬほどの点ですが、つないでいくことが役目なのでしょうか?

1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下された日

1945年8月6日午前8時15分、

人類史上最初の原子爆弾が広島に投下され、

市街は壊滅し、一瞬のうちに14万人もの命が亡くなりました。

 

原爆は、大量破壊、大量殺戮が瞬時に、

かつ無差別に引き起こされ、

放射線による障害はその後も長期間にわたり人々を苦しめました。

世界平和を祈る日として、毎年広島市では平和記念式典が行われます。

 

 

 

真夏の暑さの中で思い出すこと

今日は原爆投下81年目。

 

当時、私が働いていたシーパ-ク大浜では、

真夏の炎天下で汗を流しながら働く

方々の姿を毎日見ていました。

絵本に出てくるようなカチカチやまのお話のように、

燃えそうな太陽の下で仕事をされている皆様には

頭が下がります。

 

81年前、もちろん仕事場とは比べるにはお叱りを

受けそうですが、

このような炎天下の中で人類史上最初の原子爆弾が

広島に投下された。

 

個々の生活が一瞬にして地獄化したことを

想像するだけで、胸が押さえつけられる。

 

原爆が投下された背景にはさまざまな歴史があります。

しかし、どのような理由があったとしても

多くの命が失われた現実は、とても悲しい出来事だと私は感じています。

 

戦争賛成の人も、反対の人もおられるのは確か。

 

 

 

忘れてはいけない一人の友人

何年前になるか確信を持ってもう思い出せない、

友人の被爆二世であったある人はこの世を去りました。

彼の人生はしあわせだったのかと考えると

辛い気持ちになります。

 

長崎で二年後の8月6日に産まれ、この日は

自分の誕生日ではあるけれど喜べないと

悲しそうにつぶやいていた。

一生懸命に生きていた陶芸家の彼を

忍んでいます。

 

色々な方たちの意見や考えはありますでしょうが、

えかきのつまは戦争、争いは大嫌いです。

不幸せより、しあわせに過ごす日々のほうが、

断然100%良いと確信持って言える。

一度しかない人生ですもの。

 

父の言葉と、今も残る疑問

 

えかきのつまが幼かった頃に、国々の争う理由が

理解できず父に聞いたことがある。

「お前たちも兄弟喧嘩をするだろう?」

と父の返答でした。

 

その時には納得したのですが、ず~と生きてきて、

脳裏には、理解できない何かが、そして???が

多々あり、解決案は見つからず、

落ち込むことも。

 

世界が平和である為に一人一人の努力が大切と

わかっていても、どこかでいつも

内戦や戦争は絶えない。

 

絵で伝え続ける夫

 

えかきの夫である小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)は

ライフワ-クの一部に反戦の絵を数多く

描きつづけて来ている。

 

絵とお茶テレレの元蔵には戦争をしたら

このようになるのでは?というような絵が

沢山展示してあります。

見ていただく方たちは怖い、悲しくて涙がでる、

思い出すと切ないと仰る。

 

本当にささやかだけれど、

夫なりの平和への願いなのかもしれません。

 

えかきとして、広島や長崎の被爆者の方々が経験した苦しみや悲しみ、

そして「二度と同じことを繰り返してほしくない」という願いを、

戦争を知らない世代へ伝えたい。

 

その思いから、夫は反戦の絵を描き続けています。

 

 

 

 

 

 

私にできること

 

私一人が伝えられることは、本当に小さなことです。

それでも、戦争を知らない世代へ、平和の大切さを伝え続けることには意味があると信じています。

願うだけでは平和は守れないのかもしれません。

それでも願わずにはいられません。

一人でも多くの人が争いではなく、穏やかな毎日を送り、幸せな人生を歩んでほしい。

それが、えかきのつまである私の願いです。

 

願うだけでは平和は保てないことは

わかっていても、願わずにはいられない。

希望は大きすぎるかも知れませんが、みんな、一人一人に

しあわせな人生を歩んでいただきたい。

 

叶わぬえかきのつまの偉大な夢ですが、そう願いたい、

心の底から。

 

 

 

 

内部リンク

 

① ご両親がアルゼンチンへ移住された記事

 

② 画廊喫茶テレレ誕生の記事

 

③ 絵描きの人生を紹介した記事

 

④ 坂本龍馬の記事

 

関連記事では、戦後を生きた両親の歩みや、

反戦の絵を描き続ける夫の人生についても綴っています。

よろしければ、あわせてお読みください。

 

 

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。
    19歳でえかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚して来年には金婚式を迎えます。お勤めの方たちの妻とは違いまして金銭的には色々あった人生です。しあわせだったか、しあわせでなかったかはあの世へ行く瞬間にしか分からないと母親がいってました。
    価値観は個々違いますが、自分ではしあわせだと思っております。
    喧嘩を一回もしたことのないご夫婦も存在しますが、私たちは毎日のように京都育ちのえかきとは意見は合わずその違いで議論になることは多々あります。
    このような絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いします

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス拝

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