サッカーは詳しくないけれど、それでもワールドカップを見てしまう理由

私は、サッカーに詳しいわけではありません。
ルールも、選手の名前も、
正直あまりよく知りません。
それでも、ワールドカップになると、
なぜか見てしまいます。
自分でも不思議です。
どうしてなんだろう、と考えてみると、
たぶん「試合」そのものではないのだと思います。
画面の向こうにいる人たちの、
あの一生懸命さ。
勝って喜ぶ顔や、
負けて涙を流す姿。
そういうものに、
心が動いているのだと思います。
うまく言えないけれど、
人が本気で何かに向かっている姿は、
それだけで胸にくるものがあります。
えかきのことを思うこともあります。
毎日、絵に向かっている姿は、
誰に見せるわけでもなく、
ただ続いている時間です。
ワールドカップを見ながら、
そんな日々と、どこか重なるものを感じます。
詳しくなくても、いい。
わからないことがあっても、いい。
それでも惹かれるものがあるなら、
それで十分なのだと思います。
だから私は、
今年もまた、きっと見てしまうのです。
人がどう生きるのか、
そんなことを考えた話を、ほかに
も書いています。
しあわせといきかたの10の話


