お願いです、通りすがりの天才。世界から貧困をなくしてください

データを調べても、ニュースを見ても、悲しんでも、それだけで貧困はなくなりません。

 

世界には、今日食べるものにも困っている人たちがいます。

テレビや本で見た貧困の現実は、子どもの頃からずっと私の心に残っています。

年齢を重ねた今でも、「どうしたらこの問題は少しでも良くなるのだろう」と考えることがあります。

 

 


貧困とは何だろう?

 

一口に貧困といっても、その定義は国や組織によって異なります。

国連開発計画(UNDP)では、教育や仕事、食料、医療、飲み水、住居、エネルギーなど、人が生きていくために必要な基本的なサービスを受けられない状態を貧困としています。

そして貧困には大きく分けて二つの種類があります。

絶対的貧困

人が生きるために最低限必要な衣食住や医療、教育さえ十分に得られない状態です。

命の危険と隣り合わせで暮らし、人としての尊厳まで脅かされる深刻な状況です。

相対的貧困

主に日本を含む先進国で問題となる貧困です。

生活そのものは成り立っていても、その国の一般的な生活水準から大きく離れ、社会参加や教育の機会に格差が生まれてしまう状態を指します。

 

 

 


子どもの頃から忘れられないこと

 

私が通っていた学校では、よく世界の貧困について学びました。

ドキュメンタリー映像で見た子どもたちの姿は、今でも脳裏から消えません。

そして先生から教わった言葉があります。

「自分のお小遣いの中から1円でも困っている人に贈ることは、大金持ちが寄付するよりも価値がある」

子どもだった私は、その言葉を素直に信じていました。

当時はインドやアフリカの子どもたちへの募金活動なども行われていました。

 

 

 


貧困は遠い国だけの話ではない

 

貧困の基準は国や地域によって異なります。

日本でも、ひとり親家庭や子どもの貧困、若者の貧困が社会問題として取り上げられています。

貧困が生まれる原因もさまざまです。

紛争や内戦、自然災害、政治の腐敗、経済格差など、一つの理由だけでは説明できません。

私たちは毎日食事をし、夜には安心して眠ることができます。

だからこそ、貧困は遠い国の話に感じてしまうのかもしれません。

けれど日本も決して無関係ではありません。

歴史を振り返れば、日本にも貧しい時代がありました。

 

 

 


通りすがりの天才へ

 

データを調べても、ニュースを見ても、悲しんでも、それだけで貧困はなくなりません。

寄付も大切です。

支援活動も大切です。

けれど、それだけでは追いつかない現実があります。

人生が思い通りにならないのと同じように、貧困問題にも簡単な答えはありません。

だから私は時々思うのです。

もし世界のどこかに、通りすがりの天才がいるなら。

どうか世界の絶対的貧困を少しでも減らす方法を見つけてください

誰もがお腹いっぱい食べられて、安心して眠れる世界になりますように。

そんな願いを込めながら、今日もこの記事を書いています。

 

 

 

 

「世の中を知らなくてもいい。のんびり生きるという選択」

 

「人は散り散りになっていく、それでも後悔のない人生を」

 

「計画なしの旅に子どもを連れて出かけた話」

 

「親が育てたように子は育つ」

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。
    19歳でえかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚して来年には金婚式を迎えます。お勤めの方たちの妻とは違いまして金銭的には色々あった人生です。しあわせだったか、しあわせでなかったかはあの世へ行く瞬間にしか分からないと母親がいってました。
    価値観は個々違いますが、自分ではしあわせだと思っております。
    喧嘩を一回もしたことのないご夫婦も存在しますが、私たちは毎日のように京都育ちのえかきとは意見は合わずその違いで議論になることは多々あります。
    このような絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いします

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス拝

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