孫の入学に思う|命がけで生まれてくるという奇跡

子や孫を見ていると、
命は授かるものなのだと、あらためて思います。
春になると、入学式の風景に心がやわらぎます。
新しいランドセルや、少し緊張した子どもたちの顔。
その姿を見ると、孫の入学のときのことを思い出します。
︎孫の成長を思うと、以前書いた
のことも思い出します。

けれど、私にとって入学とは、
ただ「成長したなあ」と感じる日ではありません。

和紙に油彩
小川憲一豊実描く
孫とば-ば- 人生100年時代、孫の成長に思う命のありがたさ
ここまで無事に育ってくれたこと、
そのこと自体が奇跡のように思える日でもあります。
人はみな、
当たり前のように生まれてくるのではなく、
命がけで生まれてくる。
母もまた、命がけで産む。
その始まりがあるから、
こうして今日という日があるのだと思うのです。
小さな体で生まれ、
泣いて、笑って、
転びながら大きくなっていく。
入学という節目は、
その長い命の道のりの、ひとつの通過点。
けれど、その一歩一歩が尊い。
孫の姿を見ながら、
「大きくなったね」という思いと一緒に、
生まれてきてくれてありがとう、
そんな気持ちが込み上げました。

あっという間に小学生|孫の入学と、命がけの出産を思う
人はつい、
成績や将来や、
何かになれるかどうかを気にしてしまうけれど、
まずここに生きていることが、
もう十分すばらしい。
命があること。
育っていくこと。
学び始めること。
それだけで祝福なのだと思います。
入学は、
未来への入り口である前に、
命の奇跡を思い出させてくれる日なのかもしれません。
孫を見ながら、
そんなことをしみじみ思いました。
「孫の話はこの次にしろと友人に叱られる」


