孫の入学に思う|命がけで生まれてくるという奇跡

子や孫を見ていると、
命は授かるものなのだと、あらためて思います。

 

春になると、入学式の風景に心がやわらぎます。

 

新しいランドセルや、少し緊張した子どもたちの顔。

 

その姿を見ると、孫の入学のときのことを思い出します。

 

▶︎孫の成長を思うと、以前書いた

えかきが孫に贈ったものは絵だった」

のことも思い出します。

 

▶

若い頃はわからなかったこと…

 

 

けれど、私にとって入学とは、

ただ「成長したなあ」と感じる日ではありません。

 

和紙に油彩
小川憲一豊実描く
孫とば-ば- 人生100年時代、孫の成長に思う命のありがたさ

 

ここまで無事に育ってくれたこと、

そのこと自体が奇跡のように思える日でもあります。

 

人はみな、

当たり前のように生まれてくるのではなく、

命がけで生まれてくる。

 

母もまた、命がけで産む。

その始まりがあるから、

こうして今日という日があるのだと思うのです。

 

小さな体で生まれ、

泣いて、笑って、

転びながら大きくなっていく。

 

入学という節目は、

その長い命の道のりの、ひとつの通過点。

 

けれど、その一歩一歩が尊い。

孫の姿を見ながら、

「大きくなったね」という思いと一緒に、

生まれてきてくれてありがとう、

そんな気持ちが込み上げました。

 

あっという間に小学生|孫の入学と、命がけの出産を思う

 

人はつい、

成績や将来や、

何かになれるかどうかを気にしてしまうけれど、

まずここに生きていることが、

もう十分すばらしい。

 

命があること。

 

育っていくこと。

 

学び始めること。

 

それだけで祝福なのだと思います。

 

入学は、

未来への入り口である前に、

命の奇跡を思い出させてくれる日なのかもしれません。

 

孫を見ながら、

そんなことをしみじみ思いました。

 

「孫の話はこの次にしろと友人に叱られる」

 

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。
    19歳でえかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚して来年には金婚式を迎えます。お勤めの方たちの妻とは違いまして金銭的には色々あった人生です。しあわせだったか、しあわせでなかったかはあの世へ行く瞬間にしか分からないと母親がいってました。
    価値観は個々違いますが、自分ではしあわせだと思っております。
    喧嘩を一回もしたことのないご夫婦も存在しますが、私たちは毎日のように京都育ちのえかきとは意見は合わずその違いで議論になることは多々あります。
    このような絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いします

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス拝

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