「遠い国へ渡った両親が、貧しさの中で残してくれたもの」

何もないところから、アルゼンチンへ|それでも家は明るかった

_貧しさの中で育った、忘れられない記憶_

 

私の両親は、アルゼンチンへ渡った。

慣れない土地で、

言葉も、文化も違う中、

いろいろなことに挑戦してきた。

そのひとつが、たばこの栽培だった。

 

 

何年も続けたけれど、

決して楽なものではなかったと思う。

自然相手の仕事は、

思うようにはいかない。

それでも両親は、

あきらめることなく、

その土地で生きていくために働き続けた。

 

 

裕福ではなかったけれど、

家の中は、いつも明るかった。

できることを見つけて、

工夫しながら暮らしていた。

 

 

雨のあと、

畑の丸太にびっしりと生えていたキクラゲ。

父はそれを見つけて、

「畑の肉だ」と笑った。

その言葉に、

家族みんなが笑った。

 

 

特別なことではないけれど、

今思えば、あの時間が宝物だった。

 

 

遠い国で、

一から生きていくこと。

簡単ではなかったはずなのに、

両親はそれを選び、

やり抜いてきた。

 

 

その背中を見て育ったことが、

今の自分につながっているのだと思う。

 

🔗

両親から受け取ったものについては、

「親が育てたように子は育つ」でも書いています。

 

孫の入学に思う|命がけで生まれてくるという奇跡

 

夢は叶わなくても、しあわせな人生はある

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。

    19歳で、えかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚し、今年、金婚式を迎えました。

    会社勤めの方のご家庭とは違い、金銭的にはいろいろあった人生です。

    しあわせだったか、しあわせでなかったかは、あの世へ行く瞬間にしか分からない――と、母が言っていました。

    人それぞれ価値観は違いますが、私は自分ではしあわせだったと思っています。

    喧嘩を一度もしたことのないご夫婦もいらっしゃるでしょうが、私たちは毎日のように、京都育ちのえかきとは意見が合わず、その違いから議論になることも多々あります。

    そんな絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス 拝

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