絵が上手いからといって性格が良いとは限らない|東京藝大に行けなかった画家の人生

その出来事がアルゼンチン行きという人生の転機につながった

絵が上手いからといって性格が良いとは限らない

 

えかき・小川憲一豊実は、1947年5月3日、京都で生まれました。

小学校、中学校、高校と京都で育ち、画家になる夢を抱いて東京藝術大学を受験します。

実技試験は一次試験を通過しました。

ところが学科試験では、当時のえかきは「能力だけを測る試験には意味がない」という考えを持っていました。

そのため、○×式の問題は真面目に解かず、鉛筆を転がして答えを書いたそうです。

もちろん結果は不合格でした。

今思えば、なんともえかきらしい話です。

 

 

 

北海道へ行くはずが…

大学を諦めたえかきは、「まず体を鍛えよう」と北海道の牧場で働くことを考えました。

しかし、お父さんは猛反対。

結局、その話は親友が代わりに行くことになりました。

その親友は今でも、

「お前の代わりに北海道へ行って苦労したんや。」

と冗談まじりに話すそうです。

お父さんは北海道行きを反対したものの、

「北海道を止めたら、もっと遠い外国へ行ってしまう。」

そんな予感をしていたのかもしれません。

もしかすると、あとになってからの”負け惜しみ”だったのかもしれませんね。

 

 

東京藝大に行けなかったから今がある

東京藝術大学に入れなかったことを、えかきは後悔していません。

むしろ、

「藝大へ行けなかったから、今の俺がある。」

そう話します。

1968年、21歳になったえかきは、日本を離れ、アルゼンチンへ渡りました。

この決断が、その後の画家人生を大きく変えることになります。

今振り返れば、藝大に落ちたことも、北海道へ行けなかったことも、すべてが今につながる大切な出来事だったのでしょう。

 

 

 


テレレでの展示風景

現在は画廊喫茶テレレで作品をご覧いただけます。

詳しくはこちらの記事で紹介しています。

▶ 画廊喫茶テレレで楽しむ小川憲一豊実の作品展示
https://donkenart.com/gallery-cafe-terere-exhibits-paintings-by-kenichi-ogawa/

 

内部リンク

 

 

投稿者

  • mary

    アルゼンチン生まれ育ちの日系二世の小川(松ノ下)マリアイネスです。
    19歳でえかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)と結婚して来年には金婚式を迎えます。お勤めの方たちの妻とは違いまして金銭的には色々あった人生です。しあわせだったか、しあわせでなかったかはあの世へ行く瞬間にしか分からないと母親がいってました。
    価値観は個々違いますが、自分ではしあわせだと思っております。
    喧嘩を一回もしたことのないご夫婦も存在しますが、私たちは毎日のように京都育ちのえかきとは意見は合わずその違いで議論になることは多々あります。
    このような絵描きの妻ですが、どうぞよろしくお願いします

    “The Painter’s Wife”

    小川(松ノ下)マリアイネス拝

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