アルゼンチンで育って思うこと|警察が怖かったあの頃と、今の私

アルゼンチンで生まれ育った私には、
「警察=安心」というイメージは、あまりありませんでした。
むしろ、どこか緊張を伴う存在でした。
銀行で働いていた頃、
建物の中には、もう一つ小さな部屋のような場所があり、
そこに警察官が常駐していました。
機関銃を持って、じっと周囲を見ている姿。
守られているはずなのに、
どこか張りつめた空気が流れていたのを覚えています。
家の中でも、
枕の下にある銃の存在に、
若い私は、言葉にできない怖さを感じていました。
あの頃は、それが「普通」だったのです。
軍事政権の時代、
バスに乗っていると、
パトカーが犯人を追う光景に出会うこともありました。
日常の中に、どこか非日常が混ざっているような感覚。
それが、あの国での暮らしでした。
もちろん、すべてが危険だったわけではありません。
郷(地方)では、そこまでの緊張感はなく、
穏やかな時間もたくさんありました。
だからこそ思うのです。
人の感じる「当たり前」は、
生まれた場所や時代で、こんなにも違うのだと。
今、日本で暮らしていて、
ふとした安心に気づくことがあります。
それは、当たり前ではなかったもの。
遠い記憶の中にある緊張と、
今の静けさを比べながら、
私は今日も、
この日常を大切に生きています。

「今を生きる大切さ」
「親が育てたように子は育つ」
「売れない日も悪くない」


