人生の半分以上は日本、生まれ育ちはアルゼンチン。故郷はどっちでしょう?

故郷という不思議な存在
♪うさぎ追いし かの山
こぶな釣りし かの川
子どもの頃、意味もよく分からず歌っていた「ふるさと」。
アルゼンチンで生まれ育った私は、
もしかしたら両親が歌っていたのを覚えたのかもしれません。
慣れない異国の地で暮らしながら、
子どもの頃の私は、
「うさぎは美味しいのかな?」
「如何(いか)にいます父母を、
そんな調子でした。
意味も分からず口ずさんでいた歌です。
ところが今、改めて歌詞を読むと胸に染みます。
年齢を重ねたからでしょうか。
それとも、

故郷とはどこなのでしょう
故郷とは、生まれ育った場所のことでしょうか。
だとしたら私の故郷はアルゼンチンです。
けれど人生の半分以上を過ごしたのは日本です。
これから先も、おそらく日本で暮らしていくでしょう。
そう考えると、日本もまた私の故郷なのかもしれません。
第一の故郷?
第二の故郷?
それとも両方?
考えれば考えるほど分からなくなります。
故郷が懐かしい場所とは限らない
故郷という言葉を聞くと、
しかし、そうではない人もいます。
読んだ本の中に、故郷を失った人々の悲しみが描かれていました。
故郷は必ずしも優しい思い出ばかりではありません。
帰りたくても帰れない人。
思い出したくない人。
失ってしまった人。
人それぞれ違います。
だから故郷とは単なる土地の名前ではなく、

懐かしい味も故郷
「蓴羹鱸膾(じゅんこうろかい)」という言葉があります。
故郷を懐かしく思う気持ちや、
中国の晋の時代、
確かに故郷を思い出す時、風景だけではありません。
食べ物の匂い。
家族の笑い声。
昔話。
何気ない日常。
そんなものが一緒によみがえります。

故郷は二つあってもいい
若い頃の私は、
「私の故郷はアルゼンチンです」
と迷わず答えていたと思います。
けれど今は少し違います。
アルゼンチンには生まれ育った思い出があります。
日本には長い人生と家族の思い出があります。
どちらか一つを選ぶ必要はないのかもしれません。
故郷は住所ではなく、心の中にあるもの。
だから私には故郷が二つある。
そんな答えでもいいような気がしています。
人生の半分以上は日本。
生まれ育ったのはアルゼンチン。
故郷はどちらですかと聞かれたら、今の私はこう答えるでしょう。
「故郷は二つあります。」
生まれ育ったアルゼンチンも。
人生を重ねてきた日本も。
どちらも私の大切な故郷です。

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